米国司法省(以下、「司法省」)は2024年8月1日に通報報奨パイロットプログラム(Whistleblower Awards Pilot Program)を正式に開始した。通報報奨パイロットプログラムは、司法省が100万ドルを超える金銭的没収を伴う法執行に成功した場合、特定の企業犯罪に関して独自の情報を提供する通報者に対し、金銭的報奨の受領資格を認める3年間の取り組みである。通報報奨パイロットプログラムと並行して、司法省は、企業犯罪取締と自主申告に関する既存の企業執行指針(Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy)の改正を発表し、通報を受けた企業が、120日以内に司法省に対し自主申告をすれば、通報者が既に不正行為を司法省に通報をしていたとしても、同社は不起訴処分の推定を受ける権利 (presumption of declination)を取得できることとなった。
本アップデートは、新しい通報報奨パイロットプログラムとそれが企業の既存の内部コンプライアンス報告チャネルに及ぼす潜在的な影響に加え、2024年8月1日、リサ・モナコ副司法長官(Deputy Attorney General)とニコール・アルジェンティエリ刑事部主席副司法次官補が強調していた重要なトピックを紹介する。
1. 通報報奨パイロットプログラムは、政府の既存の通報報奨プログラムの「隙間を埋める」ことで新しい通報を奨励するものである。
他の政府機関が運営する通報報奨プログラム(以下、「既存プログラム」)をモデルとして、この通報報奨パイロットプログラムは、特定の企業犯罪に関する真実かつ非公開の一次情報を報告する個人にインセンティブを与えるものである。具体的には、①金融機関が関わる犯罪、②企業の不正行為が関わる米国外での贈賄、③企業による不正行為が関わる米国内での贈賄、および④政府補助金が関わっていない医療詐欺(例:保健医療業界における患者、投資家、およびその他の非政府組織に対する詐欺)が含まれる。
モナコ副司法長官は、司法省が通報者によって提供された情報に基づいて起訴し、100万ドルを超える純収益の没収に成功した場合、通報者は、一定の条件を満たした場合その没収金の一部を金銭的報奨として受け取ることができると述べた。具体的には、①1億ドルの没収純収益の最大30%相当額と②1億ドル以上5億ドル以下の没収純収益の5%相当額をそれぞれ上限に報奨金が支給される。5億ドルを超えた部分に対しては、没収純収益に対する報奨金はない。
しかし、司法省は、報奨金の支払いが司法省の裁量とその他いくつかの基準の考慮に従うことを明言した。例えば、報告した犯罪活動に「実質的に参加」をした場合(その犯罪活動を指揮、計画、開始、またはその犯罪活動から故意に利益を得た場合)には、通報者は報奨金の支払いを受けることはできない。この要件にもかかわらず、個人がその犯罪活動の計画の中で「最小限度の関わりをもった参加者」であり、「関与した者の中で明らかに最も罪の軽い者」と司法省が判断した場合、司法省は、当該個人が報奨金の受領資格を維持することを認める裁量権を持つ。
証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)が既に設立している既存プログラムから着想を得て、司法省は、この通報報奨パイロットプログラムによって報告されない可能性のある犯罪行為を摘発するために全力を尽くす、と述べている。通報報奨パイロットプログラムは、他の政府機関が監督権限を持たない場合や、企業不正・金融不正といった、より包括的な範囲で訴追する専門知識を司法省のように持たない場合に、その「ギャップを埋める」のに役立つというのが、司法省の意図である。
通報報奨パイロットプログラムの開始日から、通報報奨パイロットプログラムのウェブサイトを訪れて企業犯罪を報告できるようになっている。
2. 企業への影響
司法省が企業犯罪に引き続き注力していることを改めて認識させるものである
通報報奨パイロットプログラムを発表するにあたり、モナコ副司法長官は、バイデン政権下で、司法省は個人および企業の最も重大な不正行為者に対する責任の追及に全力を注いでいると述べた。モナコ副司法長官によれば、この新しい通報報奨パイロットプログラムは「飴とむち(carrot and stick)の両方の使用」に根ざすものであり、「CEOと役員に、なぜコンプライアンスに投資し、責任ある企業人の文化を築かなければならないかを認識させる」ことを目的としている。同副長官は、さらに、通報者に対する報償は、「最も悪質性の高い不正行為者に対して十分な根拠を持つ訴追を行うこと」と「最も厳しく罰せられるべき者に最も重い罰則を課すこと」を可能にすると付け加えた。
自主申告をためらう企業への警告である
モナコ副司法長官はさらに、司法省は、企業があらゆる不正行為を自主的に申告することを望んでいると強調し、「自主申告をためらう企業は、司法省が不正行為を明らかにするための新しい捜査ツール、つまり通報報奨パイロットプログラムを手にしていること、そして、それが強力なツールであることを覚えておくべきだ」と警告した。企業または個人が司法省の企業執行指針の下で利益を得るためには、司法省がまだ知らない情報でなければならないため、この開示プログラムが「最初にドアの前に立つよう競争させる(racing up the front steps, all hoping they’re the first to knock)」ことを望んでいると、モナコ副司法長官は述べた。アルジェンティエリ主席司法次官補は、その発言の中で、司法省は企業幹部に対し、「司法省が電話する前に、司法省に電話するように(call us before we call you)」という「シンプルなメッセージ」を発しているのだと明言した。
3. 企業のコンプライアンスプログラムはこれまで以上に重要になっている
司法省は、通報報奨パイロットプログラムが企業の内部コンプライアンスプログラムを完全に損なうことになるという懸念を緩和するために、以下の通り対応することを明らかにした。これらの対応は、企業が内部コンプライアンスプログラムを引き続き推進することを奨励するためのインセンティブとして機能することを企図したものである。
企業執行指針の下、自主申告クレジット(Self-Disclosure Credit)がまだ利用可能であること
アルジェンティエリ主席司法次官補が発表した対応の一つは、通報者の報告を受けた企業が、以下の条件を満たす場合、企業執行指針の下での不起訴処分の推定を受ける権利を得ることを司法省が認めたことである。
【1】通報者の申立てを受けてから120日以内に司法省に対して行為を自主申告すること(仮に通報者が当該企業よりも先に司法省に報告したとしても、この要件を満たす)
【2】司法省が企業に連絡する前に司法省に自主申告すること
【3】不起訴処分の下での自主的な自己開示と不訴追の推定を受けるための他の要件を満たすこと
この対応により、不起訴処分の推定を受ける権利を得ることを望む企業は、司法省が先に企業に連絡しない限り、通報者によって報告された問題を自主申告するかどうかを決定するために最大で120日間の猶予を得られる。理論的には、この対応は企業が報告された問題を内部調査等を経て検討する時間を与え、司法省に自主申告する利益を失うことなく、企業がコンプライアンスプログラムの推進を続けることを奨励する。司法省に対する自主申告の潜在的な影響と明らかな時間的な制約を考慮すると、自主申告に関する決定に直面した場合、企業は米国刑事法の経験豊富な外部弁護士に相談することを勧める。
内部通報システムの促進を目的とした司法省のその他の試み
企業のコンプライアンスプログラムを強化することを目的としたその他の措置に、内部通報者のコンプライアンスプログラムへの参加を、報奨金を増やすことができる要因として考慮し、司法省に対して報告する前に内部通報をすることを明確に奨励するという意図がある。1
さらに、通報報奨パイロットプログラムでは、通報者が内部の企業システムを通じて問題を報告し、その後120日以内に司法省に報告する場合にも報奨金を受領する資格を得ることができる。これにより、時間的な制約のため、通報者が内部コンプライアンスプログラムを利用せず直接司法省に問題を報告する意欲を削ぐことができる。コンプライアンスプログラムを強化し、内部通報を奨励する司法省の取り組みを踏まえ、内部通報者が直接司法省や金銭的なインセンティブを提供している他の規制当局に申告するのではなく、まずは企業内部で通報するように、企業は、コンプライアンス・プログラム(特に内部通報システム)を積極的に促進し続けるべきである。
1プログラムガイダンス § III.3.a.iii(「内部コンプライアンスシステムへの参加や内部通報は、報奨額を増加する考慮事情である」)を参照。
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